モーリタニアのタコ事情
 最近、スーパーなどで売られているまだこの産地表示に、「モーリタニア産」と書かれているのをよく見かける。
 どうして、そんな地球の裏側の国から輸入を?と、誰もが思うことだろう。
 TBSのHディレクターはその疑問にかられて現地まで取材に行ってしまった。ニュースキャスターの特集番組で2009年12月26日、放送された。モーリタニアからタコの輸入を手掛けているマルハニチロの協力を得て、たこを捕っているところや、加工工場まで丁寧に取材され、美しい映像と共にとても興味深い番組に出来上がった。1時間番組になるほどの充実ぶりだったが、年末特集番組の中の1話題としてわずか16分だけというのが少し残念。

  さて、そのモーリタニアのタコについて少し :
 モロッコ、モーリタニア、セネガルなどの西アフリカ沖は昔から良質の漁場として知られている。バン・ダルゲンのページで記載したように、「ここは、暖流と寒流がぶつかり合うところで、多くのプランクトンが繁殖する。ミネラルをたっぷり含んだ冷たい水が暖かい水面に上がり光と接触すると植物性プランクトンがすさまじい勢いで増殖するのだ。それを小魚や甲殻類、くらげが食べ、さらにそれを鳥や海生哺乳動物(シャチ、いるか、あざらし等)が食べるという食物連鎖が起きる。」という海域なので、豊富なプランクトン、豊富な魚がたくさん生息するのだという。
 
 ヌアクショットのアルチザン港の中の魚市場を訪れると、鯛、アジ、サバ、いさき、太刀魚、いとより、アマダイ、シマアジ、ボラ、ほうぼう、いか、タコなど日本の魚とそっくりな魚がいる。もちろん、キャプテンフィッシュや、チオフ、コルビナといった現地でしかみられない魚もいるが。
 この市場に上がる魚は、ヌアクショット周辺の漁民が小さな漁船にヤマハの船外機を乗せて、沿岸の魚をとったもの。この市場でごく一部が一般客に売られるが、多くは陸で待つ小型車に乗せて、輸出業者の倉庫に運ばれ、冷凍してヨーロッパなど海外に輸出される。また獲れた魚の一部は海岸で干物にし、マリやブルキナファソなどの海に面していない国に輸出する。(海岸で強烈な臭いがするのでよく見ると、この干物を作っている業者。干物を作っているのは主にマリから出稼ぎに来ている人で、干したものはシュレハ、ゲジなどと呼ばれる。この干物は煮込み料理に使われ、マリやブルキナファソではとても人気メニューなのだそうだ。)そして、沖合では、300隻あまりの大型漁船が、ヨーロッパや中国への輸出に向けて、大々的に漁獲している。最近のモーリタニアの漁獲量は年間40〜50万トンと推測され、このうち96〜98%が大型漁船(しかもその90%は外国船)によるといわれる。
 モーリタニアの6マイル以内の沿岸でタコ漁を行っている小型漁船は全体で約500隻。ヌアクショットとヌアディブに10数か所の加工工場があり、そこで冷凍されている。

 日本でも、1960年代頃から大洋漁業株式会社などがトロール漁業を行ってきた。マグロや鯛、タコ、モンゴウイカなどを大型漁船で船上凍結し、そのまま日本に運んだらしい。日本人が操業する漁船が現地で獲ったものを持ち帰るスタイルだったが、その後、現地で合弁会社を設立し、冷凍設備などを整え、現地の人も参加する漁業になった。バン・ダルゲンの漁師の間で今も続けているからすみの製法を教えたのはこの時代の日本人だという。
 1977年漁業専管水域200マイル宣言の後、日本の大型トロール漁船はこの地域での漁業ができなくなり、1980年代になって日本の漁船は撤退する。そして、その後は、商社が現地に品質管理のスタッフを派遣して輸入するようになった。1990年代はタイ、イカ、ロブスターなどが主流で年間2〜4万トンを輸入していたが、2000年ごろからタコの冷凍方法が向上したことにより今ではタコが主流となっている。

 ピークの年2000年、モーリタニアから日本への輸入されたタコは約3万トン(*注1)、西アフリカ全体で年間11,5万トンにのぼった。その後は年々減り続け、タコの輸入全体で2008年は4,4万トン、2009年は5万トン(うち西アフリカからその7割、モーリタニアからは約2万トン)だった。2010年に入ってからは6月までで、モーリタニアから0,6万トン、モロッコからも0,6万トンと半々くらい輸入されたそうだ。

 日本向けには、比較的小ぶりのタコ(6,7号サイズ)で、3,4,5号といった大きめのタコはヨーロッパに向けて輸出される。現地の業者の話では、2000年ごろにはヨーロッパ向けが4万トンだったのが、2009年には8万トンに伸びたのだとか。そういえばスペイン、イタリア、ギリシャなどでタコとトマトを煮込んだ料理がよく食べられていましたっけ。

 近年、自然保護の為に禁漁期間が設置され、モーリタニアでも年によって多少ずれるが、5,6,9,10月の4カ月が禁漁期間になる。モーリタニア水産省の調査では、少しずつ資源が回復しているが、大型漁船の漁獲方法が向上し、それによって漁獲高も上がっているので、厳しい監視が必要だという。モロッコのほうが近年の不漁は深刻らしく、2000年にはモーリタニアの2,5倍の72,000トンも日本に輸出していたのに、2003年には5,000トンと激減してしまう。禁漁期間も年間6か月とモーリタニアより長い(2003年9月〜2004年4月と8カ月の年もあった)。最近、スーパーでモロッコ産をあまり見かけなくなったのはこのせいなのかもしれない。

 モーリタニアの魚の輸出は、SMCP(モーリタニア水産公社)がすべて管理。2010年7月からその総裁に、元駐日モーリタニア大使のジャファール氏(2005年〜2010年6月赴任)が着任した。
  *注1 : モーリタニアで捕れたタコがモロッコ産、スペイン産と表示されることもある :
タコの輸入量には若干、調査データによって違いがある。2000年のモーリタニアから輸入したタコの量は日本の水産庁統計によれば、3万トンとなっているが、水産会社現地駐在員の情報によれば、スペイン籍の船もモーリタニアで操業して日本に輸出したが、その表示がスペイン産になっていたので、実際のモーリタニア産タコの量はもっと多かったという。また、近年まで水産物のの加工技術、冷凍技術は、モロッコのほうがモーリタニアより完備していた。その為、モーリタニア海域で獲れたタコがモロッコに持っていって加工・冷凍され日本に輸出されることも多い。その際、モーリタニアで獲れたタコでもモロッコ産とされている。

現地の人はタコは食べない 
 もともとモーリタニアは国民の90%以上が遊牧民だったので、やぎ、羊、らくだなどの家畜を食べ、魚を食べる習慣はなかった。家畜でも、豚肉はイスラム教徒なので全く口にしない。ニワトリは砂漠で飼育が難しいことからあまり飼われていなかったが、近年、砂漠化によりヤギ、羊、ラクダの飼育数が縮小したため、急速にニワトリが普及した。牛は、北部に生息しておらず、南部のサヘル地帯で飼われ、その周辺で食されている。
 一方、魚を食べるのは、北部のヌアディブからバンダルゲン周辺に住むイムラゲンの漁民と、ヌアクショット以南びセネガルに住むごく一部の住民だけ。バンダルゲンとアクショットの間に、海岸沿いに数か所漁村が点在するが、なんとそこの住人でも魚を食べないという人がいた。、魚を食べる人は国民全体の6%しかいないという。

現地のタコツボを使う漁師や加工工場の様子 (2009年) 
 ヌアクショットから北に向かって数か所、タコを中心とする漁村が点在する。そのうちのひとつ、ムハイジラット村のキャンプ地はヌアクショットから約107kmにある、タコツボ漁を専門に行っている漁師のキャンプ地だ。この村で、専門の漁師の他、奥地から出稼ぎに来た青年らが、期間中(約3カ月単位)、単身赴任で合宿のような生活を送る。中には、チジクジャやキッファ、タンタンなどから来た人もいた。村に女性はおらず、ここから2kmほど離れた村に、この漁師たちの一部の家族が住んでいる。6人づつ寝る小屋が数棟建てられ、全体で約300人、彼らは約50隻ほどの船を操業している。村にはコンビニが一軒あり、そこで水、煙草、ソフトドリンク、砂糖やお茶を売っている。食事は、料理担当者が毎日全員の食事を準備し、漁師が皆で分担して料理人の給料を払う。

 朝5時ごろ7,8名くらいの漁師が、20馬力のYAMANAの船外機を付けた船を出し、10kmくらい沖の釣りのポイントにしかけたタコ壺のタコを引き上げに向かう。一本のロープにタコ壺が50個ずつつけられ、それを、漁師が素手で引き上げる。そのロープを25本、毎日引き上げにいくのだ。水面下は砂地で、水深約40m。タコツボ漁は日本と同じような仕方で、現地では黒いプラスチック製のツボを使う。中には重しにセメントが詰められているので、1個数kgとしてこれを50個繋がっているロープを腕力だけで引き上げるとはなんという作業かと思った。
 昼頃、船が戻って来る。引き上げられたタコは船上で袋に入れて、浜辺の計量小屋に運ばれる。そこで、とれたタコの重さを量り、氷と共に小型車に移され、即、ヌアクショットの加工工場へ運ばれる。
 加工工場では、専門スタッフがたこを選別し、専用トレーにのせて、冷凍コーナーへ。ここまで、タコを海から降ろしてからわずか2,3時間。一気にマイナス20度で30分で凍らせてしまう。カチンカチンになったたこのブロックは段ボールにつめて、冷凍保管室へ運ばれる。そして、そのまま冷凍コンテナで日本に向かうらしい。


日本のODA支援で建てられたヌアクショットのアルチザン港。入口に小さく「日本から贈られた」と書かれた碑が建っている 海側からみたアルチザン港 左の建物の内部。地元の魚業者がセリを行なっている
アルチザン港から望む海。沖には網で魚を獲っているたくさんの漁船が浮ぶ 魚をとった船は、陸につけ、四角い箱に入れた魚をロバで市場まで運ぶ。昨年までは、運び人たちが魚を入れたトレーを頭の上に乗せて、船から車まで行き来していた 普通はこの海辺に漁船が何十隻も揚がって並べられている。漁船のいない間に子供たちが水浴び
こちらは地元の人向けの魚市場 中にはこんな魚も。コルビナという魚で、輪切りにして売っている 上がって来た船から直接魚を買う地元民。市内の市場などで小売をする
ムハイジラットのタコ漁師のキャンプ地。コンビニの前で水を買う青年。右手の小屋がコンビニ 早朝、タコを取りに出る船。これから50個づつタコ壺をつけたロープを引き上げる タコ壺をつないだロープは25本、人の腕力だけで引き上げ、タコを取りだす。昼ごろ陸にもどってきた。モーリタニアのタコの美味しい秘訣、その1、汚染されていない海でとれるから
船からタコを入れた袋を運ぶ漁師。袋1個で数十kgある とれたタコの重さを量り、氷と共にトラックに積み込むモーリタニアのタコの美味しい秘訣、その2、ここからタコを氷の中に入れて運ぶのでタコが傷まない ムハイジラットのタコ漁キャンプ地で働く青年たち。中には、砂漠奥地から出稼ぎに来た人もいる
トラックで運ばれたタコを向上の中に入れる タコを選別作業する工場のスタッフ。モーリタニアのタコの美味しい秘訣、その3、清潔に管理された中でタコが処理される 品質管理の専門家は韓国人だった
30分で凍る特製の冷凍室。モーリタニアのタコの美味しい秘訣、その4、この冷凍技術が鮮度を保ってくれる 冷凍庫で凍らせたタコをストックする冷凍室。モーリタニアのタコの美味しい秘訣、その5、そのまま冷凍コンテナで日本まで運ばれるという、一定した温度管理 とれたタコの見本。ぷりぷりした見事なタコだ
 
日本の政府による漁業関連の支援

 
 1980年代から2000年代前半まで、日本のモーリタニアに対する支援は、国別でトップから4位の間をうろうろしているくらい、モーリタニアにとって大事な支援国だった。長い間フランスの植民地だったので、フランスの属国という意識があって、支援額1〜3位あたりにいたフランスに対してはあまり好感情を持っておらず、「戦後、学問を推奨して世界のトップの経済国になった国」として、日本対して尊敬の念をこめた好意的な見方をしてくれている人が多かった。

 漁業収入はモーリタニアにとって時には国益の半分も占める大事な産業で、その7〜8割を日本へ輸出していた。現地の人々にも日本が重要な輸出国だとよく知られていて、ヌアクショットにある魚市場に行くと、そこら中の人から、この施設は日本人がくれたと声をかけられた。
 しかし、近年中国からの支援が積極的になり、港や道路、公共建築物などの建築の為に中国人が激増、漁業も中国籍の大型漁船がたくさんいる上、中国への魚の輸出量も年々増加している。もう私達を見かけても、日本人かと好意的に言葉をかけてくれる人がいなくなり、それどころか、私達のような東洋人を見かけるとニイハオと言われるようになってしまった。
 

 日本のODAでは、港の建築や零細漁村の支援をこれまで何度も行ってきた。漁村を巡っていると、漁師に「日本の支援による船」と見せられることがあってうれしい思いをしたことが何度かある。

日本政府が行ってきた漁業関連の支援
‐ 1977年度 漁業振興計画    6億円  :  沿岸漁業を近代化し、漁獲量を増大させるため、小型漁船、漁具などの漁業用機材を調達
‐ 1981年度 漁業振興計画    10億円  沿岸漁業を近代化し、漁獲量を増大させるため、小型漁船、漁具などの漁業用機材を調達
‐ 1991年度 沿岸漁業振興計画  3億5,800万円
‐ 1993年度 沿岸漁業振興計画  5億5,000万円 : バンダルゲンの中、ディアゴ漁村他イムラゲンの漁村13に対し、漁船や船外機、給水車、造水機、給水タンクなどを支援
‐ 1994年度 ヌアクショット魚市場建設計画  8億6,500万円  ヌアクショットの沿岸漁業船専用の港、魚市場、冷凍施設などを建設
‐ 1995年度 水産調査船建造計画      11億4,600万円
‐ 1998年度 零細漁村開発計画      6億0,800万円 
‐ 2004年度 ヌアクショット水産衛生管理計画  10億1,800万円  ヌアクショットの魚市場の改修工事、検査工場新規建設 


**本文の当初に出てくる、TBS「ニュースキャスター」年末特集番組(270分)で放送された「モーリタニアのタコ」の部分のDVDをご希望の方にお分けしております。連絡先は a.shiga@dream.com まで。

資料 : 上記は、以下の資料を参考にしました

1) 社団法人 漁業情報センターのモーリタニアからの輸入量に関する情報
2) 財務省統計、
3) マルハニチロ ラスパルマス事務所
4) モーリタニア統計庁 
5) ムハイジラット漁業キャンプ地、ヌアクショットたこ加工工場、バンダルゲン事務所のインタビュー